熱海で雪降ろし
ここが熱海だと思うだろうか。見渡す限り、銀世界である。1月の28日、29日と降った残雪が道路の端に見られたが、その3日後に、再び雪が降ってきた。そして、地鳴りのような不気味な音で眼が醒めた。屋根に積もった雪が滑落しているのだと、知った。熱海で雪に閉ざされた。2005年には、正月から10日間、山を降りることも出来なかった。食材が底を突き、まさに非常食を食いつないだ。3年後、同じことになりそうだ。
熱海というよりも、正確には、多賀の山である。伊豆高原スカイラインから、錦ヶ浦に繋がる熱海新道の山の上である。海抜は約550m。もともと富士火山帯の噴火活動によって形成されたこの土地である。海底火山活動が静まった後も、海の水は、熱く煮えたぎっていたとか。海岸に温泉が噴出して熱湯が海に流れこみ海面一帯に白く湯気を上げましたとかで、この地を「熱っ海が崎」と称していたようだ。
市内の先輩の家では、温泉が70℃もあるので、入るなら冷ましておくから、前もって電話してくれと言われているほどだ。しかし、我が家の、山の上に引き込んだ温泉は、加温する必要がある。麓の熱海市街地との温度差は、常時3℃以上ある。夏は凌ぎやすいが、冬は寒い。
家を建てる時、建築設計士の図面には、洒落た煖炉が描かれていた。居間の雰囲気を出す大道具として、設計士は嬉々として説明してくれた。そうしたインテリアとしての図面は、CMのセットや海外ロケで見慣れている。さして嬉しくもなかった。薪割りの面倒さもあると断ると、電気やガスでどうだろうと自分のデザインに彼はこだわった。僕の要求は、当時としては珍しがられた。床暖房を敷設したいと申し出たからだ。13年前のことである。堀炬燵も要求した。外部から遮蔽されたベランダを含め、その3点にこだわった。
地球温暖化による季節の激変までは予想してはいなかったが、しかし、熱海での雪に対抗するには功を奏した。ところが、車は四駆でもないし、その上、ノーマルタイヤのままだ。今朝は、さらに、その隠しベランダに屋根から滑落したり、積もった雪が膝までになった。木造のベランダである。かなりの負荷がかかっているはずだ。
長靴にホカロンを入れて、スコップで雪掻きとなった。まさか、これほどの大雪になるとは予想だにしなかった。関東一円が雪雲に覆われたとあっては、逃れられなかったのだろう。熱海で雪掻きとなった。しばらくは、TVの画面も乱れてしまった。真夜中には、停電もしていたことが判った。陸の孤島で、節句、いや絶句となった。鬼は、外の白い雪だったかもしれない。有り難いことに、パソコンのネットで、情報は取れた。メールでは、九段の靖国神社で雪だるまを作っている孫の姿が届いた。携帯電話もパソコンもない時代には戻れないなとつくずく感じ入った。
こうした中、客船「ぱしふぃっくびーなす」からは、「南太平洋アイランドクルーズ」で、フィジーからボラボラを抜けて、いま、タヒチのパペーテに入ったと船上からメールが来た。南の島には雪は降らないが、温暖化で世界の注目を浴びることになったクリスマス島は、まもなくだ。
こちらは、雪掻きですっかり汗ばんだ。温泉に体を浸して、血行をよくしたい。
節分のこの日、南の鹿児島では、桜島が噴火した。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。


コメント